大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和52年(オ)658号 判決 1978年3月06日

上告人

北海道

右代表者知事

堂垣内尚弘

右指定代理人

蓑田速夫

外八名

被上告人

安藤文子

右訴訟代理人

田口尚真

被上告人

安藤ツネ

(アメリカ合衆国オハイオ州)

被上告人

ヤスコ・アンドウ・デビドソン

(旧氏名安藤保子)

(アメリカ合衆国カリフオルニア州)

被上告人

ワドリン・レンコ

(旧氏名安藤蓮子)

右三名訴訟代理人

田口尚真

今井吉之

主文

原判決中、被上告人らの上告人に対する第一審判決添付別紙

第二物件目録(三)ないし(七)の各土地に関する請求部分を破棄する。

前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人貞家克己、同仙田富士夫、同岩渕正紀、同遠藤きみ、同村長剛二、同仲村参郎、同富田穣、同小山内宏、同山内敏男の上告理由について

一〇年の取得時効の要件としての占有者の善意・無過失の存否については占有開始の時点においてこれを判定すべきものとする民法一六二条二項の規定は、時効期間を通じて占有主体に変更がなく同一人により継続された占有が主張される場合について適用されるだけではなく、占有主体に変更があつて承継された二個以上の占有が併せて主張される場合についてもまた適用されるものであり、後の場合にはその主張にかかる最初の占有者につきその占有開始の時点においてこれを判定すれば足りるものと解するのが相当である。

しかるに、原審は、原判示第二物件目録(三)ないし(七)の土地に関し、上告人から提出された、訴外阿部務の占有から訴外国の占有を経て訴外藤原幸二に至る占有期間中に一〇年の時効が完成した旨の抗弁を判断するにつき、占有主体に変更があつて悪意又は有過失の者が善意・無過失の者の占有を特定承継した場合には、前主の占有に瑕疵のないことについてまで承継してその者が瑕疵のない占有者となるものではなく、かつ、瑕疵のある中間者から更に占有を特定承継した者について取得時効の完成をいう場合には、前々主及び自己の占有に瑕疵がないときであつても、瑕疵のある中間者の占有期間を併せて主張する以上は全体として瑕疵のある占有となる旨の判断を示したうえ、本件の場合、右にいう中間者である訴外国の占有に過失があつたことを理由として取得時効の完成を否定し、上告人の右抗弁を排斥したものであつて、前記説示に照らせば、原審の右判断には民法一六二条二項、一八七条一、二項の解釈を誤つた違法があるというべきである。そして、右違法は、原判決中前記土地に関し被上告人らの上告人に対する所有権確認並びに所有権移転登記手続及び引渡しの各請求を認容した部分につき、その結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、右部分は破棄を免れないところ、上告人の主張にかかる最初の占有者である訴外阿部務の善意・無過失の点につき更に審理を尽くさせる必要があるから、右部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(吉田豊 大塚喜一郎 本林譲 栗本一夫)

上告代理人貞家克己、同仙田富士夫、同岩渕正紀、同遠藤きみ、同村長剛二、同仲村参郎、同富田穣、同小山内宏、同山内敏男の上告理由

原判決には短期取得時効の成立要件に関し民法の解釈を誤つた違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一、原判決及びその引用する第一審判決は、第一審判決添付第二物件目録(三)ないし(七)記載の各土地は訴外阿部務が昭和三三年一一月一日農地法六一条の規定による売渡しを受けてその占有を開始し、その後右占有は国、訴外藤原幸二、上告人に順次承継されたものであるところ、訴外藤原幸二の占有中に右各土地につき一〇年の取得時効が完成した旨の上告人の抗弁を排斥したのであるが、その理由とするところは、占有の承継人が二代以上にわたる前主の各占有期間を併せて主張する場合には、たとえ自己及び最初の占有者の占有にかしがないときであつても、中間の占有者の占有にかしがあるときは、その占有は全体としてかしのある占有となるものと解すべきであり、本件においては、中間の占有者である国は占有を開始する際過失があつたものといわざるを得ないから、前記各土地について一〇年の取得時効は完成していない、というのである。

しかしながら、原判決の右の判断は、民法一六二条二項、一八七条の解釈を誤るものであり、後に掲記する大審院及び最高裁判所の判例とも相反するものである。

二、民法一六二条二項は、「十年間所有ノ意思ヲ以テ平穏且公然ニ他人ノ不動産ヲ占有シタル者カ其占有ノ始善意ニシテ過失ナカリシトキハ其不動産ノ所有権ヲ取得ス」と規定し、一〇年の取得時効の要件としての「善意、無過失」は、当該占有の開始時点にのみ存すれば足り、占有の全期間にわたつて存する必要がないことを明示し、同法一八七条一項は、「占有者ノ承継人ハ其選択ニ従ヒ自己ノ占有ノミヲ主張シ又ハ自己ノ占有ニ前主ノ占有ヲ併セテ之ヲ主張スルコトヲ得」と規定している。そして、包括承継であると特定承継であるとを問わず、占有者の承継人が自己の占有に前主の占有を併せて一〇年の取得時効の主張をする場合には、承継人の地位は前主の占有と同一性を有する占有を継続するものと見られるのであつて(我妻栄「物権法」((民法講義Ⅱ))三二九ページ、同旨舟橋諄一「物権法」((法律学全集))三〇五ページ)、占有の主体に変更があつたにもかかわらず法律上は前主の占有がそのまま継続しているのと同様に取り扱われるのである。したがつて、例えば前主が善意で承継人が悪意の場合は、占有主体に変更がなく同一人が占有を継続している間に、当初善意であつたのが途中から悪意に変わつた場合と何ら異ならないのであるから、一〇年の取得時効の要件としての「善意、無過失」は、当該占有の開始時点すなわち前主が占有を開始した時点にのみ存すれば足りるものと解すべきである。

三、右に述べた上告人の見解は、次の各判例及び学説においても肯定されている。

1 判例

(一) 大審院明治四四年四月七日第二民事部判決(民録一七輯一八七ページ)は、「時効ニ因リ不動産ヲ取得スル場合ニ於テ占有者ノ意思ノ善意及ヒ過失ノ有無ハ其占有ヲ為ス当時ニ在リテ之カ如何ヲ審究スヘキモノナルコトハ民法第百六十二条第二項ニ規定スル所ニシテ此規定ハ占有者ノ承継人カ其前主ノ占有ヲ併セテ主張スル場合ニ於テモ異ナルコトナケレハ被上告人等カ其前主タル山口トモノ占有ヲ併セテ主張シタル本件ニ於テ原院ハ同人ノ占有ヲ為ス当時ニ於ケル意思ノ善悪及ヒ過失ノ有無ノミヲ判断スレハ足ルカ故ニ之ヲ判断シ山口トモノ後者タル山口鹿治郎及ヒ被上告人等ノ占有ニ付以上ノ事項ヲ判断セサリシハ相当」と判示している。

(二) 最高裁判所昭和三七年五月一八日第二小法廷判決(民集一六巻五号一〇七三ページ)は、前主の占有期間四年、自己の占有期間六年という事実関係の下で一〇年の取得時効が主張された事件について、「本件においては、上告人先代善助(前主……上告人指定代理人注)が本件土地の占有を承継した始めに善意、無過失であつたか否かが時効完成の成否を決する要点である」と判示している。

(三) 最高裁判所昭和五一年一二月二日第一小法廷判決(判例時報八四一号三二ページ)は、前主の占有開始後一〇年経過前に売買及び交換によつて占有の承継がなされている事実関係の下で、一〇年の取得時効が主張された事件について、承継人自身の占有開始時における意思の善悪及び過失の有無については全く触れることなく、単に前主が「占有の始めに土地所有権を取得したものと信じたことには過失がなかつたものというべきである。」と判示して、右取得時効の主張を採用した原判決の判断を肯定している。

2 学説

(一) 田中整爾「占有論の研究」二六一ページ

「前主の占有をあわせ主張する場合には、その性質、瑕疵については前主の占有のみを判断すればよい。」

(二) 林良平・民商法雑誌二六巻四号二四八ページ(「死亡相続による相続財産に対する占有権の取得、所有権の取得時効のため占有者の相続人が自己の占有に先代の占有を併せ主張する場合に於いて相続人の相続財産に対する所持取得の認定の要否」についての大阪高裁昭和二四年二月一六日判決・高裁民集二巻一号一ページに対する判例評論)

「本件の場合でも、相続人自身について占有の成立・継続を論ずることは必要であろう(性質・瑕疵は必要でない。特定承継の場合でもそれらは前主の占有によつて決せられる。一八七条二項)。」

四、以上の論点につき、原判決の引用する第一審判決は、「悪意、有過失の者が……善意、無過失の者の占有を特定承継した場合には、前主の占有に瑕疵のないことについてまで承継して自己が瑕疵のない占有者となるものではなく、かつ右の瑕疵ある占有者から更に占有を特定承継した者について取得時効の完成をいう場合には、たとえ自己及び前々主の占有が瑕疵のないものであるにせよ、瑕疵のある中間者の占有期間を併せて主張する以上は、全体として瑕疵のある占有となると解するのが民法一八七条二項の法意に適うというべき」であると説示しているが、この見解は次の理由により失当というべきである。

1 民法一八七条の

「占有者ノ承継人ハ其選択ニ従ヒ自己ノ占有ノミヲ主張シ又ハ自己ノ占有ニ前主ノ占有ヲ併セテ之ヲ主張スルコトヲ得

前主ノ占有ヲ併セテ主張スル場合ニ於テハ其瑕疵モ亦之ヲ承継ス」

との規定は、旧民法財産編一九二条の

「占有ハ前主ニ於テ存シタル占有ノ性質及ヒ瑕疵ヲ以テ相続人其他包括権原ノ承継人ニ移転ス

物又ハ権利ノ特定権原ノ取得者ハ其利益ニ従ヒ或ハ自己ノ占有ノミヲ申立テ或ハ自己ノ占有ニ譲渡人ノ占有ヲ併セテ申立ツルコトヲ得」

との規定を修正して立案制定されたものであり、民法修正案理由書中一八七条の部分に、

「本条ハ既成法典財産編第百九十二条ヲ修正シタルモノニシテ規定ノ形式ハ相似タリト雖モ其主義ニ於テハ大ニ異ナレリ即チ既成法典ハ占有ノ合併ヲ以テ本則トシ相続人其他包括権原ノ承継人ハ前主ノ占有ヲ其性質及ヒ瑕疵ヲ以テ承継シ只特定権原ノ取得者ノミ其利益ニ従ヒ自己ノ占有ノミヲ主張シ又ハ前主ノ占有ヲモ併セテ主張スルコトヲ得ト為セリ然ルニ本案ハ占有ノ分割ヲ以テ本則トシ承継人ハ包括権原タルト特定権原タルトヲ問ハス其選択ニ従ヒ自己ノ占有ヲ前主ノ占有ト分割シ又ハ之ト併合シテ主張スルコトヲ得トス蓋既成法典財産編第百九十二条第一項ノ規定ニ依レハ前主ハ善意ニシテ後主ハ悪意ナルトキハ前主ノ善意ヲ承継スルコトヲ得又前主ハ悪意ナレハ後主ハ善意ナルニ拘ラス前主ノ悪意ヲ承継シテ不利益ナル効果ヲ受ケサルヘカラサルカ如ク甚不当ノ結果ニ陥ルヘシ故ニ本案ハ後主ノ占有権承継ハ包括権原タルト特定権原タルトヲ問ハス前主ノ占有ト分割シ又ハ之ト併合シテ自己ノ占有ヲ主張スルコトヲ得ト為セリ

然レトモ前主ノ占有ト自己ノ占有トヲ合併スルヲ以テ自己ノ利益ナリト認メ之ヲ主張スル以上ハ其不利益ナル点ヲ捨テテ単ニ利益ナル点ノミヲ利用スルハ法律ノ許スヘカラサル所ニシテ一ノ事実ヲ援引利用セントスルニハ固ヨリ其全体ヲ引用スヘク其不利益ノ点ノミヲ取捨ツルコトヲ許サス之レ本条第二項ニ於テ前主ノ占有ヲ主張セントスル者ハ其瑕疵ヲモ承継セサルヘカラサルコトヲ規定スル所以ナリ」

と記載されているとおり、旧民法では、包括承継の場合に承継人は自己の占有のみを主張することが許されなかつたが、現行民法はこれを改め、包括承継であると特定承継であるとを問わず、自己の占有のみを主張することも、また自己の占有に前主の占有を併せて主張することも許すこととしたものであり、前主の占有を併せて主張する場合に「前主ニ於テ存シタル占有ノ性質及ヒ瑕疵」がそのまま後主に承継される旨の旧民法一九二条一項の規定の趣旨は、現行民法一八七条一項の規定上も何ら変更なく引き継がれているのであつて、同条二項の「前主ノ占有ヲ併セテ主張スル場合ニ於テハ其瑕疵モ亦之ヲ承継ス」との規定は、右民法修正案理由書に明記されているとおり、単に「一ノ事実ヲ援引利用セントスルニハ固ヨリ其全体ヲ引用スヘク其不利益ノ点ノミヲ取捨ツルコトヲ許サス」との趣旨を明らかにしたものにすぎず、前記原判決のような「自己及び前々主の占有が瑕疵のないものであるにせよ、瑕疵のある中間者の占有期間を併せて主張する以上は、全体として瑕疵のある占有となる」との考え方を含むものではないのである。

2 ちなみに、民法一八七条二項の法意に触れた代表的な学説の見解は、いずれも右上告人の考え方と一致するものである(我妻栄「物権法」(民法講義Ⅱ)三二九ページ((「占有権が承継される場合には、承継人の地位は、二面の観察を許すものである。即ち、一面においては、前主の占有と同一性を有する占有を継続するものと見られ、他面においては、自分がみずから新たな占有を始めたものと見られる。蓋し、占有は、各時における事実状態であるから、この事実状態が数人の間に承継されて継続する場合には、継続した一つの事実状態と見ることも可能であるとともに、各自の許における独立の事実状態と見ることも可能だからである。但し、継続した占有と見るときは、前主の許に存した占有の瑕疵は、全部について存するものと見なければならない。第一八七条は、この理に基く規定である。」))、末川博・谷口知平・宅間達彦・松本保三・山本一郎「民法総則・物権法」(有斐閣ポケツト註釈全書)三三〇ページ

((「承継すというのは前主の占有を援用すれば期間はそれだけ延長される利益はあるけれども他面自己の占有だけ主張せば瑕疵なき占有となりうる場合に前主の占有を主張したが故に瑕疵ある占有となるの不利を忍ばねばならぬ意である。尚本条第二項は占有の瑕疵のみにつき規定するが占有の性質(例えば他主占有)の承継も同様に考えてよい。」))。

なお、原判決と類似の考え方を採つている唯一の学説は、今のところ幾代通「民法総則」四九八ページ以下のみであると思われるが、同書においては、「一八七条二項の反対解釈として(そして当然のことながら)、『前主の占有に瑕疵がなかつたこと』は、承継人(現占有者)の固有の占有に付着する瑕疵を治癒する効果を有するものではない。たとえば、悪意占有八年の者は、善意・無過失の前主の占有七年を合算して一五年の善意占有を主張することはできない(一五年の悪意占有になる――一八七条一項)。」「A→B→Cと順次占有が承継されたとして、ABCともに善意であるとき、A悪意、BCが善意であるとき、および、ABはともかくも、Cが悪意であるときについては、一八七条二項の適用関係は明らかであるが、A善意・B悪意・C善意のときは、やや問題である。Cは、ABCの占有期間を合算した善意占有を主張できるであろうか。主体に変更がないかぎりは、善意は占有の当初に存すれば足りるが、特定承継があれば、善意占有性は当然に承継されない、というべきである(前注参照)。すなわち、自己のすぐ前主から逐次過去に遡つて合算してゆくさいに、どこかで瑕疵をおびたならば、もはやその先の前主の占有に『瑕疵のないこと』によつては治癒されない(設例でのCとしては、自己だけの善意占有を主張するか、BC合算もしくはABC合算の悪意占有を主張するか、である。)」「被相続人の占有は善意であつた(少なくとも、善意で始まつた)が、相続人が占有を承継取得する時には悪意であつたという場合はどうか。特定承継人なら、悪意の、自己になつてからの期間だけの占有しか主張できないが……相続の場合には、被相続人の善意(で始めた)占有を承継したものとして、合算した期間のそれを主張できる、と解すべきである。相続は当事者の意思によらずに生ずる包括的権利変動原因であるから、善意・無過失という要件が占有開始時にだけ存すれば足りると解する以上は、こういう結論にならざるをえまい。」と説かれており、この考え方は、結局、民法一八七条によつて占有者の承継人が前主から承継するものの内容を特定承継の場合には「占有期間」と「瑕疵」のみであり、包括承継の場合には「瑕疵」のないことも含めて前主の有していた地位そのものであると解し、また同法一六二条二項の「其占有の始」というのを特定承継の場合には承継人自らの占有開始時であり、包括承継の場合には前主の占有開始時であると解するものである。しかし、同法一八七条は、単に「占有者の承継人」と規定するのみで特定承継の場合と包括承継の場合とを全く区別しておらず、また前記同条の立法趣旨に照らしても、特定承継の場合と包括承継の場合とで同条及び一六二条二項の解釈を異にすべき合理的理由は全く存しないのであつて、右学説の見解には賛し難い。

3 更に、念のため付言すれば、ドイツ民法においてはその九四三条で「第三者ガ権利ノ承継ニ因リ物ノ自主占有ヲ取得シタルトキハ被承継人ノ占有中ニ経過シタル時効期間ハ第三者之ヲ主張スルコトヲ得」と規定され、占有承継人が主張し得るのは前主の占有期間であると定められているが、これは、一〇年の取得時効の善意、無過失の要件は占有開始時にのみあれば足りるとする我が民法とは異なり、ドイツ民法では、取得時効の要件が「十年間動産ニ付キ自主占有ヲ為シタル者ハ所有権ヲ取得ス 取得者カ自主占有取得ノ当時善意ナラサリシトキ又ハ其後所有権カ自己ニ属セサルコトヲ知リタルトキハ時効ニ因リテ所有権ヲ取得セス」(九三七条)と定められていて、十年の占有全期間を通じて善意、無過失でなければならないとされ、更にその上前主も善意、無過失でなければならないと解釈されているため、承継人が主張し得るものを前主の占有期間であるとする以外に方法がなかつたことによるものであるから、同法九四三条の規定をそのまま制度を異にする我が民法一八七条の規定の解釈の参考とすることはできないのである。

また、フランス民法は、不動産の取得時効に関し、二二六二条において一般の場合の三〇年の時効期間を、二二六五条において善意と正権原により不動産を取得した場合の一〇年又は二〇年の時効期間を定めるとともに、二二三五条において「時効ヲ完成セン為ニハ人其先人ニ嗣継シタル方法ノ統括又ハ特定ノ名義ナルト無償又ハ有償ノ名義ナルトヲ問ハス己レノ占有ニ其先人ノ占有ヲ併合スルコトヲ得」とし、更に二二六九条において「獲得ノ時ニ於テ善意アリシヲ以テ足レリトス」と定めている。

そして、占有の承継があり、前者と後者とで意思の善悪が異なる場合における両者の占有期間の合算に関し、フランスの学説は、包括承継の場合と特定承継の場合とを区別し、包括承継の場合には、前者が善意であれば後者が悪意であつても時効期間は一〇年又は二〇年となり、前者が悪意であれば後者が善意であつても時効期間は三〇年となるのに反し、特定承継の場合には、善意の占有期間も悪意の占有期間に加算し得るにすぎないとし、前者が善意で後者が悪意、前者が悪意で後者が善意のいずれであつても、三〇年の時効期間を必要とするものと解している。

ところで、右の考え方は、包括承継の場合と特定承継の場合とでは、占有の承継に性質上の差異があり、包括承継においては、後者は前者の占有をそのまま継続するものであるのに反し、特定承継においては、各々の占有はその固有の性質を維持したまま別個のものとして付加結合されるにすぎないものであつて、二二三五条もこの性質上の差異を無視することができないという理解に基づくものであるが、前記四の1に掲げた民法修正案理由書の説明において見たように、特に意識的に両者間の取扱いを区別しないこととして立法された我が民法一八七条の解釈においては、右フランス法の理解の仕方を参考とすることはできないものと考える。

五、以上の次第であるから、本件において第一審判決添付第二物件目録(三)ないし(七)記載の各土地につき上告人主張の一〇年の取得時効の成立が認められるかどうかは、最初の占有者である訴外阿部務が占有開始の際に自己所有権の存しないことにつき善意無過失であつたか否かにより決せられるべきであり、中間の占有者である国の占有が過失ある占有であつたか否かは、一〇年の取得時効の成否に何らの影響も及ぼさない事柄であるといわなければならない。

したがつて、中間の占有者である国において前記各土地を占有するに際し過失があつたことのみを理由として一〇年の取得時効の成立を否定した原判決は、その結論に影響を及ぼすことが明らかな民法解釈の誤りを犯したものというほかなく、原判決中前記各土地に関する被上告人の請求を認容した部分は、この点において破棄を免れないものと思料する。

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